スターティングブロック

・・・OnYourMark

僕はゴールの見えないコースに一人ぼっちでついた。
家族や友達も見ているのかもしれない、
でもここからは観客の顔は見えない。

自分の心臓の音しか聞こえない。
緊張が高まる。

「どうしてここに居るのだろう」
自問する。
予選も無かった。
大会の出場通知も無かった。

ここに居ることが、ひどく場違いだって事だけは判る。
スターティングブロックに足をかける。
ギュッと押し付けた手にコースのデコボコがひどく痛い。

顔を上げることができない。
スタンドから見られたくなかったんだ。
嫌な感じで汗が頬をつたう。

とても遠くで、声がする。
「ああreadyか・・・」
体に力を溜める。

号砲

『ぁぁ・・・』
歓声じゃない。ため息が
『スタートしてしまったんだね』と聞こえる。

号砲

「!!??」

フライングだ。
僕はこのレースでフライングして失格に成った。
でも、失格でよかった。

見えないはずのゴールに目をやる。
遠くに焦点が合う。
何かとても嫌悪感に包まれる。

スタンドからパタパタと拍手が少しだけ聞こえた。
『走らなくて正解だよ』と聞こえた。
スタンドに向かって、情けない作り笑顔を向けた。
でも、スタンドからの視線はもう冷たくなかった。
4・5歩進んでゆっくりと
コースから外れる。

タオルを持って迎えてくれたのは、
ゴールに見えた(気がした)あの人だった。

これでよかったんだ。
ゴールが見えないんじゃなく、ゴールが無かったんだ。

コースを振り返ると、僕そっくりなランナーが
ゴールに向かって走っていた。

その姿は思わず目を背けたくなる感じだった。